マンション管理士 藤城 純一

あるマンションでの物語

あるマンションでの物語


 ※この物語は、フィクションですが、実際の事例を参考にしています。

 一本のメールから、相談は始まりました。

それは、あるマンションの管理組合の理事長(Bさん)からでした。深刻な内容だったため、電話で簡単に内容を聞き、後日、そのマンションの集会室で、理事会に参加しました。

 Bさんは、詳しく説明してくれました。
15年、130戸の管理組合で、長期政権の理事長(Aさん)に金銭的な疑惑、業者との癒着の疑惑が生じたのです。
Aさんは、今から5年前、輪番で理事になりました。そして、管理会社の業務がいい加減なことに驚き、管理の中身を調べました。すると、数年後の大規模修繕工事の資金が不足する可能性があることを知ります。

そこで、管理全般をひとりで見直し、節約に努めました。さらに、事情を説明した上で修繕積立金の値上も実施しました。結果、大規模修繕工事を実施できました。借入れも一時金の徴収もなく、無事に工事は完了しました。
しかし、大規模修繕工事を依頼した工事業者は、Aさんの知り合いからの紹介であり、その関連性を疑われてしまったのです。また、それまでの改革もかなり強引に進めていたため、一部の区分所有者には反感も買っていたのです。

そして、Bさんら意欲的な数名が理事になり、Aさんと業者について調査をしましたが、決定的な証拠はつかめませんでした。

 その後、Bさんたちは、運営全般を見直し、慎重に運営を進めました。話し合いを繰り返し、理事会で納得してから実行しました。
しかし、素人による管理組合の運営において正解を出し続けることはできない上、価値観の多様化しているため、常識や好みには大きな違いがあり、様々な業務に対し、Aさんからのクレームが続いたのです。

クレームは文書で届き、期日を区切って返事を要求するものであったため、理事会メンバーの対応は、時間的、精神的プレッシャーを伴うものになりました。
困り果てた理事会メンバーは、総辞職を考え始めるところまで、精神的に追い詰められました。

 以上が、相談の大筋です。

 私の提案は、「管理の基本原則遵守と新管理手法の採用」でした。
 具体的な一歩目は、広報誌発行と意見交換会開催です。
そのための準備として、情報開示用の資料を作成します。
その内容は、Aさんの理事長時代を含め、過去の経緯を克明に記すものです。
また、現在の状況と理事の追い詰められた様子も正直に記します。

この時の注意事項は、情報開示と透明性の確保をしなかったAさんを攻撃せず、プライバシーや個人情報への配慮に努めること、です。
それらを広報誌として発行し、意見交換会を開きました。
意見交換会では、適正な運営を続ける理事会を支持する意見が続き、圧倒的多数がBさんら現理事会を支持していることが明らかになりました。

管理組合の最終的な目的は、「安定した管理を継続すること」です。
それを達成するため、

広報誌には、
管理の基本原則
区分所有者の皆様へ
間違えた人を責めない
新管理手法
安定した管理の継続のために

(※これらの詳細は、後日、紹介の予定です。) 

等、一般的に通用する手法や知識をまとめた情報の提供を続けることになります。

この提案に対し、Bさんから質問がありました。
なぜ、Aさんを守るようなことをしなければならないのか?
過去の経緯を詳しく正直に書くことは、組合の恥をさらすことになるのではないか?

私は、以下のように答えました。

誰かを攻撃することは反撃の原因を作ってしまうし、全区分所有者からは、個別の争いに見えてしまう。だから、どこからみても、Aさんを守っていると感じられるように進める必要がある。
それから、過去の恥や都合の悪いことを正直に書くことは、隠蔽体質がないことをアピールし、理事会の信頼を高める。その信頼が総会決議へつながる。

Bさんたちは、かなりの不安を感じつつも、上記の方法を誠実に実施してくれました。ある程度、まとまった段階で、管理の基本原則に関する勉強会が開かれました。
そして、賛同してくれた数名の区分所有者が中心となって、マナー、コミュニティ、住民相談対応などの委員会が設置されたのです。

これらにより、「全員で協力する」「情報を開示する」「透明性を確保する」「間違いを責めない」「どちらが正しいかではなく、どちらも正しいと考える」「結果ではなく、プロセスを重視し、評価する」「言葉のひとつまで確認する」等、重要な内容を多くの人が理解していきます。そして、多くの区分所有者は理事会がAさんを責めない本当の理由を知り、納得するようになります。

また、議論や交渉の基本は、仕事、親子の対話、地域のコミュニティ、学校のPTA等、多くの場面で共通し、そのスキルが役立つため、マンション管理の勉強をすることが生活全般に役立つことを区分所有者たちが理解するようになります。

さらに、同じマンションの住人同士が仲良くなり、コミュニティを形成していくことにより、日々の生活が楽しくなっていきます。

同時に、人のつながりによるセキュリティーも高まります。なぜなら、区分所有者同士が仲良くなり、笑顔であいさつを交わすようになったからです。悪いことをする人たちは、仲良しや笑顔を嫌います。そういう場所では、連携プレーにより、悪さがすぐに知られてしまうからです。同時に、それは、対立がエネルギーを分散し、浪費するのに比べ、協力がエネルギーを集中し、相乗効果を生み出すことを多くの区分所有者が理解するようになります。

すぐに、これらを数カ月に渡って実行しました。そして、臨時総会を開きました。議案には、一部の区分所有者から、繰り返し質問が届き、その対応に理事会が困っていることを受け、それに関連する情報が詳細に記載されていました。そして、今後、これまでのような対応は不可能であるから、理事会に可能な範囲で対応することと、現在の理事会の信任について、決議する、となっていました。もちろん、不信任となれば、理事は全員辞任することになります。

Bさんは、困っている現状を説明しました。約束どおり、Aさんを特定できないように配慮し、誰も攻撃しない内容になっていました。

説明が終わると、多くの意見が出てきました。その大半は、Bさんたち(現理事会)をフォローする声でした。

その様子に驚いたのは、Aさんでした。これまで、納得できるような回答さえできなかった理事会を多くの区分所有者が支持するとは思っていなかったのです。そして、このような雰囲気の中で、自分だけが理事会を攻撃したら、単なるクレーマーになってしまうことを悟りました。Aさんは、黙っているより方法がありませんでした。

結局、臨時総会は、ほぼ全員の賛成により理事会の提案を支持することと、理事全員の信任が決議されました。

最大の課題をクリアし、理事会のメンバーは、ホッとしていました。そして、数ヶ月後、通常総会を迎えました。

当日、入居したばかりの新しい区分所有者から、決してベストとは言えない結果に対し、批判的な意見が出されました。すると、別の区分所有者の手が上がりました。そして、その区分所有者が、これまでの経緯や考え方について、説明をしてくれました。その説明が終わると、大きな拍手が起こりました。新しい区分所有者は、不思議に思ったが、周囲の笑顔や協力的な様子から、この管理組合が自らの力で前進していることを感じ取りました。

こうして、管理組合は、本当のスタートを切ったのです。(終)


 ※最初に書きましたとおり、この物語は、フィクションです。

しかし、私の経験した事例を参考にして、管理組合が最終的な目標を達成する様子を描きました。

管理組合の最終的な目標は、「安定した管理を継続すること」です。

それも、外部の専門家や業者に依存することなく、様々な課題や問題、トラブル、アクシデントなどを自らの力でクリアできる状態が理想的です。なぜなら、外部の専門家や業者は、管理組合と利益が相反する場合があるため、その提案等が必ずしも管理組合のメリットばかりではないからです。

では、素人集団の管理組合が、どのようにしたら、外部に依存せず、安定した管理を継続で切るでしょうか?
これは、長年の課題であり、その実現は困難だと言えるでしょう。
実際、管理組合の状態は、外部の影響を強く受けますし、多くの住人が、多様な価値観を持って、生活しており、全員を満足させ続けるのは、至難の業だと思えます。
ところが、ものは考えようです。外部の影響を強く受け、多くの住人が多様な価値観を持っている、ということは、より多くの材料が揃っている、と考えることもできます。
ということは、それらをまとめたり、有効に連携させたりすることができたなら、まったく正反対の結果になるのではないでしょうか?

つまり、今まで、面倒に思えたり、トラブルの種だと感じていたことをプラスの材料へと変えてしまおうという発想です。
(※以下、続きは、後日、掲載予定です。)

マンション管理士 
藤城 純一

神奈川県横浜市金沢区在住

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